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横浜地方裁判所 昭和44年(ワ)258号 判決

鎌倉市笹目町四番三号

原告 菅原寿雄

右訴訟代理人弁護士 春田政義

奈良市高畑町一三五二番地

被告 新薬師寺

右代表者代表役員 福田隆聖

右訴訟代理人弁護士 中西保之

主文

一、被告は原告に対し別紙物件目録記載の仏像を引渡し、かつ、金一五七万円およびこれに対する昭和三三年一二月三一日以降完済に至るまで金一〇〇円につき日歩三銭の割合による金員を支払え。

二、訴訟費用は被告の負担とする。

三、この判決は仮に執行することができる。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

主文と同旨

二、請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二、当事者の主張

一、請求原因

1  原告は被告に対し、昭和三三年八月二二日に金二八〇万円を、同年一二月三〇日に金二七万円を、いずれも次の約定で貸し付けた。

(1) 弁済期は、昭和三四年二月二一日までに原・被告間において被告の所有する文化財の売買についての協議が成立または不成立に確定したときに到来すること。

(2) 利息は金一〇〇円につき日歩三銭。

2  原告は昭和三三年一〇月二五日、被告から別紙物件目録記載の仏像(以下単に本件仏像という。)を次の約定で買い受け、同月二七日、右代金の内金として金一三万円を被告に支払った。

(1) 売買代金は金一五〇万円也。

(2) 右代金は被告の希望によって原告が増額を考慮することがある。

(3) 右代金は、原告が本件仏像と引換に寄進金の名目で支払うこと。

3  原告は昭和三八年八月二〇日被告に対し2の本件仏像売買代金を金一三万円増額するとともにその残代金一五〇万円については1の貸金債権をもってその対当額において相殺する旨の意思表示をした。

よって原告は被告に対し、本件仏像の引渡と、1の貸金の残額金一五七万円ならびにこれに対する最終貸付日の翌日である昭和三三年一二月三一日以降昭和三四年二月二一日まで約定利率による日歩三銭の割合による利息および昭和三四年二月二二日以降完済に至るまで約定利率による日歩三銭の割合による遅延損害金の支払を求める。

二、請求原因に対する認否

全部認める。

三、抗弁

1  本件仏像は、被告の財産目録に記載されている重要文化財であってその処分等は、宗教法人新薬師寺規則第二〇条および宗教法人華厳宗規則第二三条により華厳宗代表役員の承認を受けなければならないところ、本件仏像売買契約は被告の副住職中田聖観が原告となしたものであって、右代表役員の承認がないから無効である。

尤も、昭和三一年一〇月頃、被告は本件仏像を国に譲渡することにつき、右代表役員の承認を得たことはあるが、昭和三二年三月一一日国から買い取らない旨の通知を受けたことによりこの処分は実現しなかったのであるから右承認は失効しているものである。

2  また被告は本件仏像売買契約を締結するについては、国に対する売渡の申出の手続を経ていないから無効である。

四、抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実のうち、昭和三一年一〇月頃、被告が本件仏像を国に譲渡することにつき華厳宗代表役員の承認を得たことを認め、その余の事実は否認する。

2  抗弁2の事実は争う。

五、再抗弁

仮に被告が原告と本件仏像売買契約を締結するに際して代表役員の承認を得ていなかったとしても、原告は善意の相手方であるから被告は右承認がないことをもって原告に対抗することはできない。

すなわち、原告は、被告が昭和三一年一〇月ころ国に対して本件仏像の売渡の申出をする際に、その譲渡について既に華厳宗代表役員の承認を得ていたことから、被告から本件仏像を買い受けるについて障害はないものと信じて本件仏像売買契約を締結したものであり、右承認が国に対して譲渡することに対してのみ限定的になされたものであるなどとは知る筈もなかったのである。

六、再抗弁に対する認否

否認する。

第三、証拠≪省略≫

理由

一、請求原因1、2、3の事実については、当事者間に争いがない。

二、抗弁および再抗弁事実について判断する。

(一)  宗教法人法第二三条によれば、宗教法人が財産目録に掲げる宝物を処分し、又は担保に供するには規則で定めるところ(規則に別段の定めがないときは第一九条の規定)によるほか、所定の公告をしなければならないことになっており、また同法第二四条本文は、財産目録に掲げる宝物について第二三条の規定に違反してなした行為は無効とする旨定めている。

そこで、抗弁1、2の事実について検討する。

≪証拠省略≫を総合すれば次の事実が認められる。

(1)  所轄庁の認証を受けた宗教法人新薬師寺規則第二〇条および宗教法人華厳宗規則第二三条には、それぞれ包括団体華厳宗代表役員の承認を受けなければ財産目録に掲げる宝物を処分し、又は担保に供することができない旨規定されていること。

(2)  本件仏像は、国から明治三四年三月二七日国宝に指定され、その後昭和二五年八月二九日重要文化財に指定されたものであるが、被告の財産目録に掲げられており、右各規則にいう「宝物」に当ること。

(3)  本件仏像売買契約は、被告の代表役員である福岡隆聖と責任役員である中田聖観とが原告と締結したものであること。

(4)  被告は昭和三一年一〇月頃、奈良県教育委員会を経由して文化財保護委員会に対して本件仏像を国へ売渡すことの申出をしたことがあり、その際、包括団体華厳宗代表役員の承認を受けたこと、そして昭和三二年三月一一日に文化財保護委員会から本件仏像は国において買い取らない旨の通知を受けたこと。

(5)  しかし被告は、本件仏像売買契約を原告と締結するために、新たに華厳宗代表役員の承認を受けたことはなく、また文化財保護委員会に売渡の申出の手続をとったこともなかったこと。

してみれば、被告が原告との本件仏像売買契約について包括団体華厳宗代表役員の承認を得ていないことは前示認定のとおりであり、また宗教法人法第二三条所定の公告のなされていないことは弁論の全趣旨により明白であるから、本件仏像売買契約は無効であるといわなければならない。

尤も、被告は本件仏像売買契約を締結するにつき文化財保護委員会に対し売渡の申出をすることがなかったのであるが、既に昭和三一年一〇月頃に本件仏像を国に対して売渡すべくその申出をしたのに対し、文化財保護委員会は昭和三二年三月一一日付書面をもって正式に国において買取る必要がない旨回答しており、本件仏像売買契約は右日時より相当期間内に締結されたものであるから文化財保護法第四六条に反する行為ではないと解するのが相当である。

(二)  そこで再抗弁事実について判断する。

≪証拠省略≫によれば、被告は本件仏像を国において買い取らないことが確定した後、被告寺院の運営のために本件仏像を担保に入れて訴外藤井博識から融資を受けたが、やがてその借入金の返済が著しく困難となったので、美術品の保存蒐集並びに研究調査などを目的として設立されている財団法人常盤文庫の理事をしている原告に対し融資(本件消費貸借契約)を申し込み続いて本件仏像の買い受けを申し込んだことが認められる。

右認定事実からすれば、被告の代表役員である福岡隆聖および責任役員である中田聖観は、既に昭和三一年一〇月頃、被告寺院の運営資金を調達するために国に対して本件仏像の売渡の申出をなし、その際に包括団体華厳宗代表役員の承認を得ていたことから、右承認の効果は本件仏像売買契約についても及んでいるとの理解の下に原告と締結したものであり、原告もまた右のように理解して、本件仏像売買契約を締結するについては何らの障害もないものと信じていたことが認められ、然も右のような経緯に照してみるとき、原告がかように信ずるについては相当の理由があったものというべきである。

そうだとすれば、宗教法人法第二四条本文により前示認定のとおり被告が同法第二三条(およびこれを受けた宗教法人新薬師寺規則第二〇条、宗教法人華厳宗規則第二三条)に定める所定の手続を履践せずにした本件仏像売買契約は無効であるが、同法第二四条但書により、善意の相手方である原告に対してはその無効をもって対抗できないということになる。

三、よって、原告の被告に対する本訴請求はすべて理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条仮執行の宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 花田政道)

〈以下省略〉

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